体育施設が「公の施設」であること、営利の対象でないことの意義は、住民に低廉な費用でスポーツに親しむことを保障し、公平に活用されることにあります。指定管理者制度によって、こうした「公の施設」が企業のビジネスチャンスにされるという使われ方で、果たして権利保障や費用負担がどのように変質していくかということを検証しておく必要があります。
第一に、利用者や住民の声が適切に反映されるかという点では、この制度のもとでは区も議会も関与できなくなります。指定管理者との関係しかありません。第2に、スポーツの専門性が施設・設備の面から維持発展させることができるかという点では、利用者は「お客様」として大切にはされますが、主権者としては扱われないためやがては料金による差別化を引き起こすことになるはずです。第3に、日曜日の団体枠の変更や自主事業と称した教室、会員利用方法など収益性の追求が行われ優先されるようになるため、これまでと同様な区民の利用が事実上制限される方向に向かうでしょう。
また、条例案第17条(1)では第4条にかかげる「体育事業」にかかわる運営を行わせることができるとあるため、体育・スポーツ及びレクレーションの「指導及び普及」に関すること、スポーツの適正、健康及び体力相談に関することなど、スポーツ振興全般を指定管理者に代行させることになります。このこと自体、より慎重に検討すべき事項ですが、「体育事業」という目的に合致するなら、貸し出し枠を管理者が自由に変える権限を持つことを可能にする規定となりました。区と指定管理者のかわす「協定書」でこうした問題を全面的に担保することはできません。また、指定管理者も望まないでしょう。
設備投資もすることなく、減価償却相当分である大規模な補修費は区が持ち、しかしながら、利用料金の中に減価償却費を含めて行政財産を事実上指定管理者の資産に会計的にふりわけることになるため、指定管理者はこの資本費さえ自分の儲けとすることができます。投資行為がないのに、投下資本の回収だけは認められ、割高の料金設定を区が使用料の改定で用意してあげたことになります。指定管理者制度への移行で、区は7000万円の財政効果を得るといいます。しかし、失うものははかりしれないというべきです。
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